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2026.10.02

〈京都・伏見稲荷編〉

鳥居に宿る想いに向き合う、『伏見稲荷大社』御用達宮大工の心意気

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〈特集〉 この街この人
長谷川 實(みのる)さん

『長谷川工務店』代表取締役・宮大工
伏見稲荷大社御用達(*)宮大工の長谷川家26代当主。1980年生まれ。幼い頃から祖父や父が鳥居の製作に打ち込む姿を間近で見て育つ。高校時代から同社の手伝いを始め、その後建築系の専門学校に進学。卒業後、同社で10数年の修業を経て、「父が元気なうちに、と祖父にも後押しされて」代替わりを決意。34歳の若さで26代当主に。鳥居の製作の様子やその想いなどをSNSでも積極的に発信している。

*御用達(ごようたし)...江戸時代以降、宮中や幕府のような格式ある家や組織に商品を納めることが許された特別な商人

朱色に輝く無数の鳥居に、日々新たな命を吹き込む

「もう少し上げようか......。うん、ええな。それで行こ」。
早朝の伏見稲荷大社、千本鳥居の中ほどで、真新しい鳥居を建てる職人さんたちに、高さの調整を指揮する声が静かに響きます。「並んだ鳥居全体とのバランスが大事なんです」と話すのは、白装束に身を包んだ長谷川實さん。宮大工、『長谷川工務店』の26代当主です。

伏見稲荷大社は奈良時代、711(和銅4)年の創建。五穀豊穣や商売繁昌にご利益がある稲荷大神(いなりおおかみ)を祀る、全国約3万社ある稲荷神社の総本宮です。稲荷山の麓から山頂へと広がる美しい境内には、個人や企業などから奉納された鳥居が約1万基。江戸時代以降、「願いが通る」また「願いが通った」という祈念と感謝の証として、参拝者からの奉納が広まったのだそう。長谷川工務店では、この木製鳥居の製作の多くを手掛けています。

千本鳥居内の鳥居建て替え作業のため、柱を運ぶ職人さん
千本鳥居に新たに建てる鳥居の柱を運ぶ職人さん。人力で部材を運搬し、現地で組み立てて、鳥居を完成させる。
鳥居を建てるための穴を掘る職人さんと、見守る長谷川さん
まずは柱の下部を埋める土掘り作業。仮設置して並んだ鳥居との高さのバランスを確認し、穴の深さを調整していく。

木製鳥居は釘を使わない木組みなどの伝統工法でつくられています。鳥居の大きさは柱の太さに応じて号数で示され、最小の5号(直径約15cm)から最大の25号(同75cm)まで。千本鳥居に建つ5号鳥居でも柱1本の重さは50~60kgあり、同社の工房で仕上げた柱や貫(ぬき)などの部材を人力で現地に運び、鳥居の形に組み立てます。朱色の鳥居が連なる神秘的な千本鳥居の風景は特に人気が高く、早朝から参拝者や観光客が押し寄せます。通り抜ける人たちの邪魔にならないよう慎重に作業を続けること約1時間、くさびを打って鳥居が完成します。

2人一組で柱を立てる職人さんたち
ほかの鳥居にぶつけて傷つけないよう慎重に柱を建てる。
貫穴(ぬきあな)に貫を通して、左右の柱をつなぐ職人さん
左右をつなぐ貫を貫穴に通す。昔ながらの木組み工法はシンプルだが頑健。
鳥居の外側から柱のバランスを調整する職人さん
鳥居の外側からも、全体の均整がとれているかチェック。
最後に貫穴にくさびを打つ職人さん
全部材をきちんと組み立て、最後の仕上げにくさびを打って完成。

新たに建てる鳥居はひと月で約10基ほど。木でできた千本鳥居の鳥居はだいたい7~8年で朽ちるため、建て替えが頻発する場所です。一方、10号の柱は重さが約400kgにもおよび、奥まった稲荷山山中での建て替えとなると、部材の運搬から組み立てまで丸2日ほどの時間と労力を要します。さらに麓の11号以上の鳥居の場合は、重機を入れるため夜間の作業に。「最も大きい25号を建てたときは、条件に合う樹齢400年以上の材木探しから大変でした」。伏見稲荷大社を象徴する朱色の鳥居が主役だとすると、長谷川さんたち宮大工は"陰の立役者"といえるでしょう。

新しく建てた鳥居の柱を確認する長谷川さん
完成した鳥居をチェック。「年に数回は、境内の全鳥居の状態を2~3週間かけて調査します」と長谷川さん。奉納された鳥居を建てるだけでなく、保全も重要な仕事。

削り、彫刻、塗り‥‥職人の技が光る製作工程。下絵と墨入れは当主の役目

伏見稲荷大社の "御用達宮大工"である長谷川工務店。創業から400年以上の歴史を持ち、代々の長谷川家当主が名跡・長谷川権太夫の名を継いできました。長谷川さんはその26代というわけです。 「もともとは社殿の建築や修復を行っていたそうですが、江戸中期から奉納が増え始めた鳥居も手掛けるようになったのです」。

工房と一体になった長谷川工務店の事務所兼実家前に立つ長谷川さん
工房に隣接した実家の玄関先にて。「職住一体の生活でしたから、ここで暮らしていた子どもの頃は、働きづめの父を尊敬しつつも、健康を心配しましたね」。
昭和初期、長谷川さんの曽祖父が手掛けた大鳥居の上棟式
昭和初期、表参道入口の一ノ鳥居上棟式。23代当主の曽祖父により建てられた。(現在の大鳥居とは異なる)
長谷川権太夫の名替えが記された江戸時代の古文書
「承応4年11月、宮大工の長谷川家当主が長谷川権太夫に名替えした」と記された江戸時代の古文書。以来、代々「長谷川権太夫」の名を世襲している。

鳥居の柱として用いるのは杉の木。柱になる木は真上から見て正円で、節が少なく、年輪が密なものが適しています。「大鳥居になると木の外側の柔らかい白太(しらた)部分は削ぎ落とし、使うのは赤身(心材)だけです」と長谷川さん。号数が大きければそれ以上に太く大きな杉の木探しと、乾燥させる月日が必要になるのです。

中程度の大きさまでは、信頼のおける製材所から届いた八角柱の木材を使います。その柱を円形に削るのは、専用の丸かんな。号数ごとにカーブの大きさが異なるものを使い分け、片方の手で表面の凹凸を確かめながら削り出していきます。上下で太さが違う柱を美しい円形に仕上げるのは、職人の技と感覚が頼りです。

工房にて、丸かんなを使って円形に柱を削る職人さん
八角形に製材された柱から、丸かんなを用いて円形に削り出す。手のひらで表面の滑らかさを確かめながら、丁寧にかんなを引く。
柱の号数に応じた曲面を削れる各サイズごとの丸かんな
号数によって使い分ける丸かんな。よく見ると底の曲線が一つひとつ異なる。
柱の根元部分に焦げ目が付くように、バーナーで焼く
地中に埋まる部分をガスバーナーで焼き入れ。表面を炭化させて防腐・防虫処理を施す。

次は奉納者の名前や日付の下絵を描き、それをひと文字ずつ彫刻。1本のナイフを使って丁寧に、美しく彫り上げていく仕事ぶりは、見ているだけで圧倒されます。そして、伝統的な朱色の顔料を5回塗り重ね、艶を出していきます。古代より神社仏閣でよく用いられている朱色ですが、伏見稲荷大社では稲荷大神様による豊穣を表す色とされています。

下絵に沿って、ナイフで柱に「奉」の字を彫る職人さん
長谷川さんが描いた下絵に基づき、「奉」「納」の文字や奉納者の名前・日付をナイフで彫り進める。
白木の柱に朱色の塗料を塗る職人さん
ムラが出ないように塗料を塗る。塗り重ねることで艶が出て、耐久性も高まる。

これら一連の仕事を、長谷川さんは修業時代に先代やベテランの職人から習得しました。代替わりして10年。今ではほとんどの作業を信頼する同社の職人に任せていますが、下絵と墨入れだけは代々当主が行います。

柱に彫られた文字跡に黒々と墨を入れていく長谷川さん
下絵と最後の墨入れは当主の仕事。5号鳥居は工房で、6号以上は現地で組み立てられた鳥居に墨を入れる。「毎回、身が引き締まります」と長谷川さん。

鳥居の墨入れは、サイズに関係なくすべて早朝に行われます。「現地では参拝者が少ない朝4~5時頃から、ヘッドライトを点けて作業していますよ」と長谷川さん。鳥居に"魂を吹き込む"心持ちで筆を入れられるように、前日から心身を整えて臨むといいます。「だから、自然と早寝早起きの朝型人間になりました(笑)」。願いが通ることを祈ったり、通ったことを感謝したり。個人や企業から奉納される鳥居には、その大小や設置場所にかかわらず、1基ごとに特別な想いが込められています。「大切な想いをお受けして、そのお手伝いをさせていただけることに誇りをもち、これからも真摯に鳥居づくりに取り組んでいきたいと思っています」。

工房で一息ついて談笑する長谷川さんと職人さんたち
職人さんたちとの談笑は、ほっとするひととき。「稲荷大神様と参拝者に見られながら働く、緊張感がありながらも誇りを感じる仕事です」。

自転車で走った疎水沿い、稲荷山・四ツ辻からの眺望...。想いと思い出が交差

伏見稲荷大社の最寄駅は、京阪「伏見稲荷」駅とJR「稲荷」駅。周辺は飲食店や土産物店が軒を連ね、賑わっています。京阪本線やJR奈良線と並行して琵琶湖疎水が流れ、すぐ横には趣のある風景が残る本町通りが。長谷川工務店は、その本町通り沿いにあります。

趣のある建物が並ぶ本町通りを歩く長谷川さん
和菓子店やお茶屋さん、カフェ、銀行などが並ぶ本町通り。写真左手の家屋は「昔からお世話になっている板金屋さんです」。

工房からすぐの琵琶湖疎水沿いは、参拝者らの喧噪から離れて落ち着いた雰囲気。春になれば満開の桜並木と、陽光のきらめく水辺に心が癒される穴場スポットです。疏水沿いの遊歩道は「小学生の頃、弟や友だちと自転車で2駅先くらいまで探索していた」思い出の道でもあるそう。

琵琶湖疏水の遊歩道で佇む長谷川さん。奥には稲荷橋が見える
疎水を眺めながら「この景色は昔から変わりませんね」。奥に架かる朱色の稲荷橋は、左に行くと伏見稲荷大社、右へ行くと京阪「伏見稲荷」駅。
疏水沿いに建てられた「琵琶湖疏水」の案内板
琵琶湖疎水は琵琶湖から京都へ続く人工水路。時間帯や季節によって表情を変える。
疏水沿いの遊歩道のベンチで休憩する長谷川さん
遊歩道にある木陰のベンチでひと休み。「今春もお花見がてら、桜並木を妻と散歩しました」と優しい表情に。

今回の取材にあたり、「この街で一番のお気に入りの場所はどこですか?」と伺ったところ、長谷川さんは「それはやっぱり、伏見稲荷大社ですよね」と即答。この街の守り神であり、日々の暮らしにも深くつながっている伏見稲荷大社。その中でも「特に好き」だという場所に足が向かいます。

伏見稲荷大社境内にある狐の像
稲荷大神のお使いとされる狐。伏見稲荷大社の境内には稲荷大神ゆかりの品をくわえた多くの像が。
鳥居が連なる稲荷山の石段を登る長谷川さんの後ろ姿
連なる鳥居に導かれるように、緑が深まる稲荷山へ。「奥社奉拝所や御膳谷奉拝所には、そこでしかいただけないご朱印もありますよ」。
鳥居が建つ稲荷山の石段を軽やかに登る長谷川さん
稲荷山の中腹は急な石段も多く、「鳥居の部材を運ぶ職人は足腰が鍛えられます(笑)」。軽やかな足取りで石段を登る長谷川さん。

この街で生まれ育った長谷川さんにとって、伏見稲荷大社は身近な存在であり、神聖な場所であり、長谷川家が代々継承してきた大切な仕事場でもあります。墨入れや打ち合わせなどで「ほぼ毎日、お山(稲荷山)に入ります」という長谷川さん。それほど足繁く通う境内の中でも好きなのが、「四ツ辻からの眺望」なのだそう。見晴らしがよく、京都市内の南西部を見渡せて、山頂までの休憩スポットにもなっています。遠望する長谷川さんの視線の先には、伝統を紡ぐ宮大工の情熱と誇りが光り輝いているようです。

京都市南西部の景色を眺める長谷川さんの後ろ姿
このあたりには、墨入れのために夜明け前の朝4時頃に来ることも。「特に冬は空気も澄んでいて、ここから眺める京都の夜景はなかなかのものですよ」。

【 わたしのホームタウン <伏見稲荷> 】

"お稲荷さん"があってこその街。活気とエネルギーに満ちています

伏見稲荷大社の鳥居は、この街だけでなく、京都、そして日本を代表するシンボル的存在になっています。私にとっては伏見稲荷大社があるのが当たり前の感覚なのですが、やはりここは崇高な場所ですよね。全国3万社の総本宮であり、世界中から人が訪れ、強力なエネルギーが集まっています。かと思えば、大社周辺のにぎわいから少し離れると閑静な住宅街が広がっていて、とても住みやすい街です。

稲荷大神様に守られ、支えられ、奉納者の方々の想いと鳥居づくりにまっすぐ向き合って...。宮大工の仕事は技術も体力も必要ですが、いちばん大切なのは心意気。祖父や父から受け継いだ心技体を、次世代へつないでいきたいですね。

長谷川工務店 26代当主 長谷川 實

京都市街の景色を背に、稲荷山の「四ツ辻」に立つ長谷川さん

●有限会社 長谷川工務店
京都市東山区本町22丁目508
TEL/075-561-2013
https://www.instagram.com/fushimiinaritorii/

「伏見稲荷大社御用達」の看板が掲げられた事務所玄関

●伏見稲荷大社
京都市伏見区深草薮之内町68
TEL/075-641-7331
https://inari.jp/

◇取材日/2026年7月28日(当記事の内容は取材日時点の情報に基づいています)

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