〈特集〉 この街この人
堀田 裕介さん
料理開拓人
1977年大阪生まれ。大阪を拠点に活躍するクリエイティブ集団『graf』に入社。料理メニューの開発やケータリングなどの経験を積み、2010年にケータリング専門ブランド『foodscape!』を立ち上げ、瀬戸内国際芸術祭などに出店。店舗プロデュース、食と音楽のライブパフォーマンス『EATBEAT!』主催など、"料理開拓人"として多彩に活動し、全国各地の生産者とも交流を深める。2018年、『みたて農園』(滋賀県長浜市)の立見茂氏らと一般社団法人『Grow Rice Project』を設立。中華粥専⾨店『Rice meals FoTan』を開店、2022年に中津に移転した。
料理もコンセプトが大切。「中津で中華粥」という食の日常シーンを
料理人でも料理研究家でもフードコーディネーターでもなく、「料理開拓人」。一風変わったこの肩書で15年以上前から活動している堀田裕介さんは、「僕が自分で命名したのではなくて」と笑います。雑誌のインタビューで自身の活動やビジョンを語っていたら、その編集者から「まるで料理開拓人ですね」と言われ、我が意を得たりと名乗ることにしたそうです。
堀田さんと料理との関わりは、高校時代の飲食店でのアルバイトからスタートしました。90年代半ば、さまざまなカルチャーと合体したカフェ文化が熟成しつつあった時代に、箕面市の人気カフェで約5年間、調理の腕を磨きます。数年後、空間デザインや家具などを手がける『graf』から声がかかります。カフェ事業の強化メンバーに加わり、メニューだけでなく、ギャラリーやショップのオープニングパーティーのケータリングを担当するなど、料理演出のノウハウを蓄積していきます。「アートや建築と同様、料理も見た目だけではなくコンセプト重視だと、厳しく叩き込まれました」。

"grafのシェフ"という輝く看板を引っさげて、カフェ開業や料理人を志す若者たちが通う専門校の講師も兼務。『graf』はメディア露出や異業種交流も多く、「クリエイティブをまじめに追求する人が集う特殊な環境でしたね」と振り返るように、一般的な飲食店勤務ではできない経験を重ね、おおいに刺激を受け、食にまつわる技術や発想力が鍛えられたといいます。思考をどう巡らせてカタチにしていくかを学ぶと同時に、「食のシーンは暮らしのあらゆるところに在る」ことを実感。「食べることは生きること。生きることは暮らすこと」は、堀田さんの不動のテーマになっています。

31歳で独立すると、店舗プロデュースなど料理開拓人として活動の幅がどんどん広がっていきます。思考を巡らせて出したひとつの答えが、「実店舗を持つ」でした。活動の中でも特に力を入れ、かつ魅了された「米づくり」を生かすことを軸に、「中華粥」をメイン料理に選びます。2019年、服部天神で『Rice meals FoTan』を開店。狙い通り繁盛していましたが、コロナ禍で一時閉店し、心機一転の移転先として、以前から目をつけていた「中津」に白羽の矢を立てます。


『FoTan』(火炭)とは、香港の鉄道の駅名です。出張で訪れた火炭で食べた朝粥がとても印象深く、「味を再現してみよう」と帰国。日本のお粥は梅干しと一緒にいただく薄味のイメージが強いですが、海鮮や鶏肉のスープで炊き込んだ中華粥はしっかり味がついています。「年齢に関係なく日本人の舌に合うと思いました。関西には専門店もライバルも少なそうだし(笑)」。現地で教わったレシピで試作と改良、そしてイベント出品でお客さんの反応を見ては調整を繰り返し、優しくて深みのある堀田流中華粥ができあがりました。


2022年に中津商店街に移転オープンした『Rice meals FoTan』は、平日は奥さまが店長として、土日はご夫妻で、切り盛りしています。堀田さんが米文化の素晴らしさを再発見するきっかけとなった『みたて農園』(滋賀県長浜市)の減農薬米『みずかがみ』をはじめ、淡路島の小海老、香川のいりこ、北海道サロマ湖産の貝柱など、厳選した国産食材を使用。黒米のクラフトコーラやオリジナルグッズなども展開しています。

"料理開拓人"として、全国各地を奔走する日々
独立して間もなく、graf時代に知り合った人たちから「こんなことできる?」と依頼や相談が次々と舞い込みます。初期の大仕事は、2010年に第1回が開催された『瀬戸内国際芸術祭』への参加でした。フードアーティストとして食のアート作品をつくるパフォーマンスは、当時流行りだしたSNSの利用も奏功し大きな話題に。同年、ケータリング専門のブランドとして立ち上げたのが『foodscape!』。このブランドがイベント会場で人気を呼び、一時は開店や空席を待つ客が列をなすほどの人気となりました。

それらイベント会場で使用する食材を探し求めるのも楽しみのひとつ。現地の農家を訪れるなど、生産者と"顔の見える"交流も活発に。「地方生産者さんのシンプルで健全な生き方と、何よりものづくりそのものに惹きつけられました」。料理開拓人としての心構えがより明快になったのです。
しかし、各地・各所のイベントやパーティー会場でケータリングを数多くこなすなかで、「来客者はおしゃべりに夢中で、料理が残されていること」にふと気づきます。そこで思いついたのが、若い頃から好きだった音楽を掛け合わせた「食を中心にした、食べ物が残らないイベント」です。タイミングよく音楽家のヘンリーワークさんのライブを観て、「食を音楽に即興で変換できる人」だと直感。彼が構想に賛同してくれたことで、ユニットを組んで実験的な食×音楽のライブパフォーマンス『EATBEAT!』を始めます。

1~2回は「前衛的すぎて失敗」したものの、改善して臨んだ3回目で好感触を得ます。それを機に、知名度も気分も上昇。「こんな感じであちこちに地方旅ができたらいいな」とおまけのような楽しみも見い出して。「いわば大阪と地方の2拠点で生活をするノマドワーカーです」。地元の生産者やクリエイターら、堀田さんの人脈づくりや実行力は、勢いを増していきます。
地元生産者のなかで、いまとなっては欠かせない存在が『みたて農園』の園長・立見茂さんです。知り合った時の最初の印象は、「食に対する考え方が似ている」と感じたそうです。初めて農園を訪れ、見渡すかぎり一面に広がった美しい田園風景と、ここでつくられるお米のクオリティに驚きます。穏やかだけど芯があり、新しいクリエイティブな試みにも好奇心たっぷりに乗ってくれる。そんな立見さんの人柄にも惚れ、農園に足繁く通うようになりました。
10年近くの援農を経て、2018年に一般社団法人『grow rice project』を設立。消費者とお米について考える機会を設け、国産食料自給率向上につながる取り組みを行う、異色のユニットです。

grafからの独立当初は、「店舗経営という従来のゴールではない外食産業の新しいロールモデルになれば」と考えていた堀田さん。実践しながらも、心境や環境の変化を経て、法人化した『grow rice project』や直営店『Rice meals FoTan』の運営は、新たな挑戦です。
店舗プロデュース、イベント開催、地方生産者向けの講師といった経験から、企画立案や集客ノウハウの実績は十分あります。加えて、「製造から販売まで行う実体験が強みになる。生産性や売上、認知度を上げるには?というリアルな話も説得力を持って伝えられます」。自ら開拓した活動の種明かしをして、仲間と一緒に盛り上がりたい。そんな"協働"の心意気が伝わってきました。
変わりゆく昭和レトロな中津商店街。ご近所さんと心和む交流も
阪急・大阪梅田の隣駅、中津駅の南にはグラングリーン大阪がそびえ、南東に目を向けると梅田のビル群が迫り、開発が進む「うめきたの北」として注目の街です。駅の北側にある『中津中央公園』を抜けた先に、『中津商店街』の入り口があります。『福本商店』は『Rice meals FoTan』のお向かいさん。2020年に駄菓子屋としてリニューアルし、小さな子どもをはじめ地元で愛されている老舗店です。「ご家族がいらっしゃるときに出前を頼んでくれたり、お知り合いに『お粥やから食べやすいよ』と紹介してくれたり。いつもお世話になっています」と堀田さん。



堀田さんが服部天神から中津に店舗を移転した決め手は、「ひとクセありそう」「ものすごいポテンシャルを秘めていそう」な場所だから。『中津商店街』は一時期いわゆるシャッター通りでしたが、十数年前から若い個人店主のお店や個性的なお店が少しずつ増えてきました。タイムスリップしたかのような昭和レトロな雰囲気を残しながら、独創に満ちた若い活気がほどよく混じり合っているのが魅力です。
商店街の路地裏にも目を引くお店が点在し、民家を改装した一軒家カフェ『喫茶 あんこの日』もそのひとつ。『Rice meals FoTan』と同じ2022年にオープンしました。

店主の大西さんと堀田さんとの出会いは、大西さんが"おかゆ"の暖簾を見つけ、「私にとって世の中の食べ物で一番がお米。これは入るしかないでしょう(笑)」。小豆とお米それぞれの"炊き仲間(?)"として波長が合い、いまでは互いの店を行き来したり、奥さま含め3人で食事に出かける仲になりました。

『キタの北ナガヤ』(愛称キタナガ)は、 "中津らしさを引き出す空間再編"をテーマに、2018年に再生された複合施設です。リノベーションした長屋に、宿泊施設や多目的レンタルスペースなどが集結。テイクアウト専門のシェアキッチンでは、お弁当やケーキ、焼き菓子のお店などが日替わりで出店し、人気を集めています。個人店主が自己実現の第一歩として間借り営業している様子は、堀田さんのアンテナが共振するところかもしれません。「実はgraf時代の同僚が2人、ここで営業しているんです。そんなことでも中津に縁を感じますね」。

【 私が暮らす街 <中津> 】
ノマドワーカーの拠点に、新旧がミックスした街の風合いが溶け込んで
料理開拓人、foodscape!、EATBEAT!......すべてことばを掛け合わせたネーミングですが、もともとファッションや音楽もミックスカルチャーが好き。名前を付けることで、ことばがひとり歩きしながらも実態が伴い、輪郭がはっきりしてくると感じています。
中津に『Rice meals FoTan』を構えて3年。ずっとノマドワーカーでしたが、拠点ができて少し落ち着いた感があるかな(笑)。中華粥が老若男女のお客さんに受け入れられ、地方生産者さんやイベントで知り合った人が大阪観光の際に立ち寄ってくれるのもうれしくて。日本の米づくりはものづくりの原点。「食べ物」以上の価値があります。これからもお米の魅力や、食の愉悦を分かち合う機会をつくっていきたい。中津商店街はレトロな"味"を残したまま、元気でいてほしいですね。
料理開拓人
堀田 裕介
●中華粥専⾨店「Rice meals FoTan」
大阪府⼤阪市北区中津3-16-3
営業時間/11:00〜18:00 定休日/火曜・水曜
電話/06-7223-8455
https://fotan0701.base.shop
https://www.instagram.com/ricemealsfotan_nakatsu/
●福本商店
大阪府大阪市北区中津3-18-17
営業時間/11:00~18:00 定休日/日曜
●喫茶 あんこの日
大阪府大阪市北区中津3-23-3
営業時間/13:00~17:00 定休日/火曜
https://www.instagram.com/anconohi
●キタの北ナガヤ
大阪府大阪市北区中津1-15-35
営業時間/店舗により異なる 定休日/店舗により異なる
https://www.kitanaga.com
https://www.instagram.com/kitanokitanagaya/
◇取材日/2025年4月24日(当記事の内容は取材日時点の情報に基づいています)