阪急阪神と暮らす街

2025.07.04

《大阪・中津》

食べることは生きること。この街で「食」の可能性を切り拓く。

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〈特集〉 この街この人
堀田 裕介さん

料理開拓人
1977年大阪生まれ。大阪を拠点に活躍するクリエイティブ集団『graf』に入社。料理メニューの開発やケータリングなどの経験を積み、2010年にケータリング専門ブランド『foodscape!』を立ち上げ、瀬戸内国際芸術祭などに出店。店舗プロデュース、食と音楽のライブパフォーマンス『EATBEAT!』主催など、"料理開拓人"として多彩に活動し、全国各地の生産者とも交流を深める。2018年、『みたて農園』(滋賀県長浜市)の立見茂氏らと一般社団法人『Grow Rice Project』を設立。中華粥専⾨店『Rice meals FoTan』を開店、2022年に中津に移転した。

料理もコンセプトが大切。「中津で中華粥」という食の日常シーンを

料理人でも料理研究家でもフードコーディネーターでもなく、「料理開拓人」。一風変わったこの肩書で15年以上前から活動している堀田裕介さんは、「僕が自分で命名したのではなくて」と笑います。雑誌のインタビューで自身の活動やビジョンを語っていたら、その編集者から「まるで料理開拓人ですね」と言われ、我が意を得たりと名乗ることにしたそうです。

堀田さんと料理との関わりは、高校時代の飲食店でのアルバイトからスタートしました。90年代半ば、さまざまなカルチャーと合体したカフェ文化が熟成しつつあった時代に、箕面市の人気カフェで約5年間、調理の腕を磨きます。数年後、空間デザインや家具などを手がける『graf』から声がかかります。カフェ事業の強化メンバーに加わり、メニューだけでなく、ギャラリーやショップのオープニングパーティーのケータリングを担当するなど、料理演出のノウハウを蓄積していきます。「アートや建築と同様、料理も見た目だけではなくコンセプト重視だと、厳しく叩き込まれました」。

『graf』本社ビル前、当時のメンバーと記念写真
大阪・中之島の『graf』ビル前にて。中央で腕組みをする男性が代表の服部滋樹さん、右隣のコックコートの堀田さんほかスタッフ一同。「独立してからも、プロデュースする店舗の設計デザインをお願いしたり、イベント会場としてキッチンを借りたり。服部さんとは独立後のほうが長くて深い付き合いです」と堀田さん。

"grafのシェフ"という輝く看板を引っさげて、カフェ開業や料理人を志す若者たちが通う専門校の講師も兼務。『graf』はメディア露出や異業種交流も多く、「クリエイティブをまじめに追求する人が集う特殊な環境でしたね」と振り返るように、一般的な飲食店勤務ではできない経験を重ね、おおいに刺激を受け、食にまつわる技術や発想力が鍛えられたといいます。思考をどう巡らせてカタチにしていくかを学ぶと同時に、「食のシーンは暮らしのあらゆるところに在る」ことを実感。「食べることは生きること。生きることは暮らすこと」は、堀田さんの不動のテーマになっています。

『foodscape! Bakery』の店内、自慢のパンを笑顔で指さす堀田さん
graf独立後、プロデューサーとして初めて関わった店舗が、パンとコーヒーの店『foodscape! Bakery』。大阪・福島にてオープンし、地場野菜などを組み合わせたパンがずらり。 ※現在は北浜に移転

31歳で独立すると、店舗プロデュースなど料理開拓人として活動の幅がどんどん広がっていきます。思考を巡らせて出したひとつの答えが、「実店舗を持つ」でした。活動の中でも特に力を入れ、かつ魅了された「米づくり」を生かすことを軸に、「中華粥」をメイン料理に選びます。2019年、服部天神で『Rice meals FoTan』を開店。狙い通り繁盛していましたが、コロナ禍で一時閉店し、心機一転の移転先として、以前から目をつけていた「中津」に白羽の矢を立てます。

『Rice meals FoTan』の店内、カウンター越しに常連さんと談笑する堀田さん
常連客と談笑する堀田さん。 『Rice meals FoTan』 の1階はカウンター席、2階は丸テーブルが3卓。「周辺はDIYしたお店が多いのですが、きっちりきれいな空間に仕上げたくてプロの職人にお任せしました」。白壁の文字ペイントは友人アーティスト作。
『中華粥口福セット』1,650円。
『中華粥口福セット』1,650円。特製出汁で炊き上げた広東風の中華粥は、塩鯖、蒸し鶏、あさり、海老団子など7種から選べる。トッピングの揚げワンタンや搾菜(ザーサイ)などで味変も。自家製焼売、豆花(トウファ)付き。豆花には黒米のクラフトコーラ入りシロップを使用。単品の『中華粥』880円~。

『FoTan』(火炭)とは、香港の鉄道の駅名です。出張で訪れた火炭で食べた朝粥がとても印象深く、「味を再現してみよう」と帰国。日本のお粥は梅干しと一緒にいただく薄味のイメージが強いですが、海鮮や鶏肉のスープで炊き込んだ中華粥はしっかり味がついています。「年齢に関係なく日本人の舌に合うと思いました。関西には専門店もライバルも少なそうだし(笑)」。現地で教わったレシピで試作と改良、そしてイベント出品でお客さんの反応を見ては調整を繰り返し、優しくて深みのある堀田流中華粥ができあがりました。

中華粥を調理する堀田さん
特製出汁は、海鮮乾物の生臭さを消すための丁寧な下処理や白胡椒を加えることで、日本人向けの味わいに。
店内で販売するオリジナル商品の数々
レンゲのキーホルダーや魚をモチーフにした箸置きなど、オリジナルのグッズも販売。ゆかりのある生産者が手掛ける調味料や飲料も人気商品。

2022年に中津商店街に移転オープンした『Rice meals FoTan』は、平日は奥さまが店長として、土日はご夫妻で、切り盛りしています。堀田さんが米文化の素晴らしさを再発見するきっかけとなった『みたて農園』(滋賀県長浜市)の減農薬米『みずかがみ』をはじめ、淡路島の小海老、香川のいりこ、北海道サロマ湖産の貝柱など、厳選した国産食材を使用。黒米のクラフトコーラやオリジナルグッズなども展開しています。

『Rice meals FoTan』お店の前、ご夫婦並んで素敵な笑顔
仲良し夫妻がおそろいで着ている古着のデニムシャツはこの店の制服。奥さまが手に持つ『みたて農園』の黒米を使ったクラフトコーラは、爽やかでキレのある余韻が楽しめる。100㏄972円。炭酸水と1:4で、赤ワインで割るとサングリア風に。

"料理開拓人"として、全国各地を奔走する日々

独立して間もなく、graf時代に知り合った人たちから「こんなことできる?」と依頼や相談が次々と舞い込みます。初期の大仕事は、2010年に第1回が開催された『瀬戸内国際芸術祭』への参加でした。フードアーティストとして食のアート作品をつくるパフォーマンスは、当時流行りだしたSNSの利用も奏功し大きな話題に。同年、ケータリング専門のブランドとして立ち上げたのが『foodscape!』。このブランドがイベント会場で人気を呼び、一時は開店や空席を待つ客が列をなすほどの人気となりました。

トマト農園を見学する堀田さん
2015年6月、『なにわの伝統野菜』を育てる大阪・河内長野の農園へ。『foodscape! Bakery』で使用する地元産野菜を探しているとき、知人に紹介してもらいトマト栽培を見学。「若手農家さんで、伝統を守りながら真剣に農業と向き合っているところに惹かれました」。

それらイベント会場で使用する食材を探し求めるのも楽しみのひとつ。現地の農家を訪れるなど、生産者と"顔の見える"交流も活発に。「地方生産者さんのシンプルで健全な生き方と、何よりものづくりそのものに惹きつけられました」。料理開拓人としての心構えがより明快になったのです。

しかし、各地・各所のイベントやパーティー会場でケータリングを数多くこなすなかで、「来客者はおしゃべりに夢中で、料理が残されていること」にふと気づきます。そこで思いついたのが、若い頃から好きだった音楽を掛け合わせた「食を中心にした、食べ物が残らないイベント」です。タイミングよく音楽家のヘンリーワークさんのライブを観て、「食を音楽に即興で変換できる人」だと直感。彼が構想に賛同してくれたことで、ユニットを組んで実験的な食×音楽のライブパフォーマンス『EATBEAT!』を始めます。

音楽家とライブパフォーマンスを行う堀田さん
2021月12月25日、 熊本県・多良木町で開催した『EATBEAT!』。会場ステージに調理ブースと音楽ブースを組み、観客の目の前で調理し、その調理音をサンプリングして音楽へと変化させていく。音楽家のヘンリーワークさん(写真右)との軽妙なトークも交えて。

1~2回は「前衛的すぎて失敗」したものの、改善して臨んだ3回目で好感触を得ます。それを機に、知名度も気分も上昇。「こんな感じであちこちに地方旅ができたらいいな」とおまけのような楽しみも見い出して。「いわば大阪と地方の2拠点で生活をするノマドワーカーです」。地元の生産者やクリエイターら、堀田さんの人脈づくりや実行力は、勢いを増していきます。


地元生産者のなかで、いまとなっては欠かせない存在が『みたて農園』の園長・立見茂さんです。知り合った時の最初の印象は、「食に対する考え方が似ている」と感じたそうです。初めて農園を訪れ、見渡すかぎり一面に広がった美しい田園風景と、ここでつくられるお米のクオリティに驚きます。穏やかだけど芯があり、新しいクリエイティブな試みにも好奇心たっぷりに乗ってくれる。そんな立見さんの人柄にも惚れ、農園に足繁く通うようになりました。

10年近くの援農を経て、2018年に一般社団法人『grow rice project』を設立。消費者とお米について考える機会を設け、国産食料自給率向上につながる取り組みを行う、異色のユニットです。

農家の立見さんと米作りをする堀田さん
滋賀県長浜市の『みたて農園』にて。堀田さんにとって立見さん(写真右)は、『grow rice project』を共同運営するビジネスだけのつながりではなく、ライフパートナー的存在。いろいろなことにアンテナを張り、日本の農業の未来を考えている活動スタイルにも共感しているという。

grafからの独立当初は、「店舗経営という従来のゴールではない外食産業の新しいロールモデルになれば」と考えていた堀田さん。実践しながらも、心境や環境の変化を経て、法人化した『grow rice project』や直営店『Rice meals FoTan』の運営は、新たな挑戦です。

店舗プロデュース、イベント開催、地方生産者向けの講師といった経験から、企画立案や集客ノウハウの実績は十分あります。加えて、「製造から販売まで行う実体験が強みになる。生産性や売上、認知度を上げるには?というリアルな話も説得力を持って伝えられます」。自ら開拓した活動の種明かしをして、仲間と一緒に盛り上がりたい。そんな"協働"の心意気が伝わってきました。

変わりゆく昭和レトロな中津商店街。ご近所さんと心和む交流も

阪急・大阪梅田の隣駅、中津駅の南にはグラングリーン大阪がそびえ、南東に目を向けると梅田のビル群が迫り、開発が進む「うめきたの北」として注目の街です。駅の北側にある『中津中央公園』を抜けた先に、『中津商店街』の入り口があります。『福本商店』は『Rice meals FoTan』のお向かいさん。2020年に駄菓子屋としてリニューアルし、小さな子どもをはじめ地元で愛されている老舗店です。「ご家族がいらっしゃるときに出前を頼んでくれたり、お知り合いに『お粥やから食べやすいよ』と紹介してくれたり。いつもお世話になっています」と堀田さん。

近所の駄菓子屋さんで買い物をする堀田さん
昭和初期から営む『福本商店』。子どもたちの「また来るね!」の声と、かわいい姿を見るのが喜びだとか。「おにいちゃん(堀田さん)の焼きそばも好き」と推す福本さんに、「賞味期限近いお菓子を分けてくれることも」とうれしそうな堀田さん。
ノスタルジックな中津商店街
長さ約160mの『中津商店街』。アーケードは屋根がなく、ノスタルジックな風情と高層ビルがのぞく景観のミスマッチがいい感じ。
新鮮な野菜がならぶ八百屋の店先
商店街には八百屋、カフェ、パン屋、ラーメン店、ギャラリーなど、新旧の店舗が混在している。

堀田さんが服部天神から中津に店舗を移転した決め手は、「ひとクセありそう」「ものすごいポテンシャルを秘めていそう」な場所だから。『中津商店街』は一時期いわゆるシャッター通りでしたが、十数年前から若い個人店主のお店や個性的なお店が少しずつ増えてきました。タイムスリップしたかのような昭和レトロな雰囲気を残しながら、独創に満ちた若い活気がほどよく混じり合っているのが魅力です。

商店街の路地裏にも目を引くお店が点在し、民家を改装した一軒家カフェ『喫茶 あんこの日』もそのひとつ。『Rice meals FoTan』と同じ2022年にオープンしました。

趣がある『喫茶 あんこの日』の外観
「お店をやるなら中津がいいよ」と知人にすすめられ、探索に出かけたその日に理想的な空き物件を発見。「ガラスブロックと花壇が素敵で即決でした」と大西さん。客席は扉を入り、左側の階段をのぼって、2階へ。

店主の大西さんと堀田さんとの出会いは、大西さんが"おかゆ"の暖簾を見つけ、「私にとって世の中の食べ物で一番がお米。これは入るしかないでしょう(笑)」。小豆とお米それぞれの"炊き仲間(?)"として波長が合い、いまでは互いの店を行き来したり、奥さま含め3人で食事に出かける仲になりました。

『喫茶 あんこの日』の店主と会話がはずむ堀田さん
大西さん(写真右)がつくるあんこは、「あっさりしていて、朝昼晩いつでも食べられます」。堀田さんのように、ほっこりできる空間と味を求めてやって来る一人客も多い。大西さんが「初めてFoTanに行った日を覚えているのは、奥さまから『今日は入籍日』と聞いたから」と笑顔の大西さん。

『キタの北ナガヤ』(愛称キタナガ)は、 "中津らしさを引き出す空間再編"をテーマに、2018年に再生された複合施設です。リノベーションした長屋に、宿泊施設や多目的レンタルスペースなどが集結。テイクアウト専門のシェアキッチンでは、お弁当やケーキ、焼き菓子のお店などが日替わりで出店し、人気を集めています。個人店主が自己実現の第一歩として間借り営業している様子は、堀田さんのアンテナが共振するところかもしれません。「実はgraf時代の同僚が2人、ここで営業しているんです。そんなことでも中津に縁を感じますね」。

『キタの北ナガヤ』を散策する堀田さんの後ろ姿
『Rice meals FoTan』から歩いて7分ほどの"キタナガ"。タワーマンションやオフィスビルが建つ大通りから少し入った路地にある。お目当てのお店の出店日は公式HPのカレンダーでチェックを。路地状の露地庭では、作家や料理家が集うイベントも定期開催されている。

【 私が暮らす街 <中津> 】

ノマドワーカーの拠点に、新旧がミックスした街の風合いが溶け込んで

料理開拓人、foodscape!、EATBEAT!......すべてことばを掛け合わせたネーミングですが、もともとファッションや音楽もミックスカルチャーが好き。名前を付けることで、ことばがひとり歩きしながらも実態が伴い、輪郭がはっきりしてくると感じています。

中津に『Rice meals FoTan』を構えて3年。ずっとノマドワーカーでしたが、拠点ができて少し落ち着いた感があるかな(笑)。中華粥が老若男女のお客さんに受け入れられ、地方生産者さんやイベントで知り合った人が大阪観光の際に立ち寄ってくれるのもうれしくて。日本の米づくりはものづくりの原点。「食べ物」以上の価値があります。これからもお米の魅力や、食の愉悦を分かち合う機会をつくっていきたい。中津商店街はレトロな"味"を残したまま、元気でいてほしいですね。
料理開拓人
堀田 裕介

阪急電車が見られる橋の上、中津界隈の景色を楽しむ堀田さん

●中華粥専⾨店「Rice meals FoTan」
大阪府⼤阪市北区中津3-16-3
営業時間/11:00〜18:00 定休日/火曜・水曜
電話/06-7223-8455
https://fotan0701.base.shop
https://www.instagram.com/ricemealsfotan_nakatsu/

『Rice meals FoTan』の外観・入口


●福本商店
大阪府大阪市北区中津3-18-17
営業時間/11:00~18:00 定休日/日曜


●喫茶 あんこの日
大阪府大阪市北区中津3-23-3
営業時間/13:00~17:00 定休日/火曜
https://www.instagram.com/anconohi


●キタの北ナガヤ
大阪府大阪市北区中津1-15-35
営業時間/店舗により異なる 定休日/店舗により異なる
https://www.kitanaga.com
https://www.instagram.com/kitanokitanagaya/

◇取材日/2025年4月24日(当記事の内容は取材日時点の情報に基づいています)