〈特集〉 この街この人
小西 武志さん
『MOKUBA'S TAVERN』(モクバズ タバーン) オーナー
兵庫県出身。大学卒業後、大阪の大手家電メーカーに就職。技術・研究部門で約10年間勤めたのち、1977年、三宮センター街近くのビルの地下1階にジャズ喫茶『木馬』をオープン。国内外の一流ジャズメンたちがライブを行うなど、神戸のジャズ喫茶として知られる存在に。1995年1月の阪神・淡路大震災により被災し、トアウエストへ移転。店名も『MOKUBA'S TAVERN』と改めて、再出発する。2005年、震災から10年の節目にトアロード沿いの現店舗に再移転。窓から明るい陽光が差し込むなど店内の雰囲気は変わったが、神戸のジャズ喫茶の名店として今も変わらず、地元客から各界の著名人まで多くの人を惹きつけている。
居心地の良いアンティーク空間で愉しむ、ジャズとコーヒーの香り
阪急神戸三宮駅の西口から徒歩約5分。サンセット通りを西に向かい、トアロードを少し北へ行くと、1977年創業の老舗ジャズ喫茶『MOKUBA'S TAVERN』があります。「貴方の思索に寄り添うコクと香り」と記されたボードを横目に、ローズマリーやゼラニウムの鉢植えが並ぶ小さな階段を5段上がり、ツタがからまるアーチをくぐって木製ドアを開けると、さらに階段が7段。そんなエントランスのアプローチが、"喫茶店に入る"という行為以上の期待感を増幅してくれます。

黒のハットにグレーニットと白シャツの装いで迎えてくれたのは、オーナーの小西武志さん。昔のジャズ喫茶のイメージといえば、閉ざされた空間に、会話を拒否する大音量、寡黙な店主、たち込める紫煙...といったところでしょうか。『木馬』として創業した初代店舗もその例にたがわず...だったかもしれません。しかし、2度の移転と店名変更を経て、3店目となる現『MOKUBA'S TAVERN』はそんな過去の顔などどこ吹く風。小西さんご自身も、また大きな窓のある店内空間も、思いのほか懐深く万人を受け入れてくれます。


艶のあるレトロな調度、壁のモノクロポスターやLPジャケット、古いレジスターのディスプレイなど、アンティークなインテリアがあちこちに。ほどよい音量で流れるジャズの選曲は、もちろん小西さんの仕事です。曲の展開はその日の気分と、来店客の様子を窺いつつ臨機応変に。たまに店を留守にする際はスタッフに「例えばピアノトリオのあとは、異なる編成のカウント・ベイシーにしたり、ホッと和む女性ボーカルをはさんだり、フェイントをかけるように」などと指示しているとか。「ビフテキに赤出汁や白米を組み合わせるのと同じようなもの」と独特の表現で話す小西さんですが、実践はなかなか難しそう...!


手づくりの喫茶メニューも、お店の評判に一役買っています。小西さん自らコーヒーを淹れたり、パスタなどのフードやスイーツづくりにも腕をふるいます。コーヒーのお供には自慢のケーキ類のほか、本格的な焼きたてパンや、フランス産小麦と発酵バターを使用した香ばしいクッキーも人気とか。


中学生の頃からポップスなどの軽音楽とともに、ジャズやクラシックに魅了されてきたという小西さん。「当時流行りのジャズ喫茶は、"音楽を聴く、聴かせる"ことがひとつのスタイルでありステイタスでした。その頃の僕も若造なりに、生活の中に音楽をとり入れ、身にまとっていた感覚ですね」。レコードを買い集めながら、本格的にオーディオを揃えたのは自活できる社会人になってから。工学専攻の家電メーカー勤務でメカに興味があったことも、オーディオ熱に拍車をかけたようです。しかしサラリーマン生活10年目に、父親の死去を機に会社を退職しました。
「さて、次は何をしよう?」。思いついたのが、ジャズ喫茶でした。自分の好きな音楽を、同年代や下の世代にも届けられる最適な方法ではないか...。「でもまあ、いわば道楽商売。楽しかったですが、そこからの道のりは決して平坦ではなかったですね」と振り返ります。

初代『木馬』からたどる苦楽の足跡。時代とともに、しなやかにアップデート
初代のジャズ喫茶『木馬』は1977年、三宮センター街のすぐ南側、生田筋沿いのビルの地下1階に誕生しました。当時はセンタープラザが建築中で、周辺も工事による砂埃が舞っていたのだそう。「その頃の三宮・元町には数軒のジャズ喫茶があって、それぞれが独自色を打ち出していました。後発のウチはどんなジャズを中心にかけるか考え、50〜60年代にニューヨークで盛り上がったハード・バップなどオーセンティックなモダンジャズのラインにしたんです」。小西さんはのちに、新旧やジャンルにとらわれない選曲を志向するようになるのですが、その頃はこの"木馬スタイル"が評判を呼び、一時は開店や空席を待つ客が列をなすほどの人気となりました。

開業の翌年からはライブも開催。当時滋賀県で毎年催されていた『びわ湖バレイ・ジャズ・フェスティバル』に出演したアーティストのアフターライブにと、小西さんの旧知のプロモーターがアテンドしたのがきっかけでした。以来、レイ・ブライアント、エルヴィン・ジョーンズ、シダー・ウォルトン、ジョン・スコフィールドら海外の一流アーティストが『木馬』のステージに立ちます。

その後『ポートピア'81』では観光客が押し寄せ、その反動で一時客足が途絶えるなど、「浮き沈みのある道楽商売」(小西さん)は、1995年1月の阪神・淡路大震災で壊滅的な打撃を受けます。半壊したビルの鉄扉をこじあけると、酒瓶は割れて散乱、高価なオーディオは破損、LPジャケットは800枚以上が水浸しに...。それでも奮起し、トアウエストで見つけた空き物件に移転を決意。市内の内装業者は復興事業で手一杯だったため、小西さんやスタッフが自分たちで資材を集め、運び込み、内装デザインや修復作業まで行って、約8か月かけて営業にこぎつけます。よりくつろげる空間を目指し、店名を『MOKUBA'S TAVERN』と改めて、2代目『木馬』としてリスタートです。



店名の『TAVERN』とは、"居酒屋"の英国風の呼び方。流す曲も客層も幅広くなり、音量は少し下げて、飲食やおしゃべりも気軽に楽しめるように。「ジャズ中心の良質な音楽を提供する」という店のベースは変えませんでしたが、移転を経て小西さんの思考もお店のムードも柔軟に変化していきます。そして2005年、かねてより希望していたトアロードへの再移転を実現します。

3代目となる現在のトアロード店での営業も、2025年3月に20周年を迎えました。初代から通算すると、なんともうすぐ50年...、半世紀にもなります。常連客であり、『MOKUBA'S TAVERN』のファンを自認する人たちのなかには、作詞家の松本隆さんや指揮者の佐渡裕さんをはじめとする、そうそうたる顔ぶれが。神戸とジャズをこよなく愛する人たちにとって、この店はとっておきの隠れ家であり、サードプレイスとなっているようです。

光あふれるトアロードでジャズと戯れ、元町では新たな出会いの予感も。
トアロードは、神戸の海と山をまっすぐ結ぶ、南北約1kmのゆるやかな坂道です。もっとも神戸らしさが感じられるこの通りのはじまりは、神戸港が開港した1868(明治元)年。多くの外国人が神戸にやって来て、山の手(北野)に住居を構え、海側(旧居留地)を仕事場に。トアロードは彼らの通勤路であり、その後も異国情緒漂う多くの店が連なるハイカラな通りとして、歴史を紡いできました。

加古川市で生まれ育った小西さんも、若い頃から漠然と神戸やトアロードへの憧れがあったといいます。閉ざされた地下空間という当時のジャズ喫茶のスタイルでスタートしたけれど、年齢を重ねるうちに、明るい陽の光が恋しい心持ちに。急遽移転を余儀なくされたトアウエストのお店とは異なり、現在のトアロード店のほうは、「地上に上がり、光が差し風が通る表通りへ」と、自ら望んだ場所です。

『MOKUBA'S TAVERN』からトアウエストの路地を抜け、鯉川筋を越えてさらに坂道を西へ進むと、『兵庫県公館』の前に出ます。ここは小西さんが好きな神戸の建築物のひとつ。中庭を中心とする回廊式のフランス・ルネサンス様式の建物は、1902(明治35)年に県本庁舎として建てられました。「明治期の港町神戸の繁栄の面影が色濃く残っており、ノスタルジックな気分に浸れます」と小西さん。戦災により外壁を残して焼失しましたが、2度の修復により県公館として生まれ変わり、歴史的文化価値の高さから国の登録有形文化財に指定されています。

公館前の坂道を少し下り、元町駅前の道路を右折。小西さんがここ1年ほど通いつめた道のりです。その理由は、新しい集いの場『MOKUBA BIS』オープンに向け、自ら物件の全面改修に励んでいたから。ここでも小西さんはDIYの腕前を発揮し、2025年1月に完成。元は4階建て住居だった建物は、1階が間借りもできるカフェやバー、2階・3階ではワークショップや展示会、4階は自習室など、世代間交流の場として活用していくのだそう。「BISは和美さんの人脈を生かした、彼女主体の運営の場です。僕は外箱をつくって、そっと見守るスタンスですね(笑)」。2025年春から本格稼働する予定で、ここでもまた半世紀近くの『木馬』の長い歴史に連なる、新しい物語が生まれそうです。





【 私が暮らす街 <神戸三宮> 】
変わり続けながらも、本質は変わらない。これからもこの街で。
ジャズには人の感性に訴えかけて、精神を浄化させる力、カタルシスがあります。初代の『木馬』は、階段を下りることで気持ちが落ち着いたし、大音響の音楽でお客さんには「be quiet!(静かに)」をお願いしていましたが、次のトアウエストの店では少し音量を下げて、会話も開放しました。音量が大きければ心が浄化されるわけではないと気づいたんです。
自分自身が年をとって街の空気を身近に感じたくなり、間口を広げたぶん、店にやって来るお客さんの目的も食事や休憩、おしゃべりなど、さまざまだとわかりました。それでもうちを選んでくれてありがたいな、というのが今の心境です。この街で長く店を続け、暮らしていますが、もっともっと多くの人が集まってくる魅力ある街になってほしいですね。店の方も、ジャズを軸にいい音楽を提供するという本質は変わらないけれど、時代の変化には無理に抗わず、風向きにまかせて受け入れたい。ただし、オールドファンや、「父に教えられて」と目を輝かせる若者が訪れたら、まだまだ僕の出番かな、と思っています。
MOKUBA'S TAVERN オーナー
小西 武志
● MOKUBA'S TAVERN
兵庫県神戸市中央区北長狭通3-12-14 ザ・ベガ・トアロード1F
営業時間/12:00〜21:00 定休日/月曜
電話/078-391-2505
https://mokuba-kobe.com
https://www.instagram.com/mokuba_kobe_1977/
https://www.facebook.com/MOKUBASTAVERN
https://x.com/mokubastavern
●MOKUBA BIS
兵庫県神戸市中央区北長狭通5-4-3
営業時間/(1階カフェ)日曜 12:00~17:00 ※その他、ワークショップや展示会など不定期
電話/090-8963-2505
https://mokubabis.mystrikingly.com
●兵庫県公館
兵庫県神戸市中央区下山手通4-4-1 ※2025年1月~12月(予定)改修工事中
◇取材日/2025年2月5日(当記事の内容は取材日時点の情報に基づいています)