阪急阪神と暮らす街

2024.07.01

《京都・西院》

伝統と進化がゆるやかに交差し、古くて新しい"種"が育つ街。

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〈特集〉 この街この人
近藤 健史(こんどうたけし)さん

京・甘納豆処『斗六屋(とうろくや)』4代目、『SHUKA』京都本店 店主
1990 年生まれ。京都大学大学院で微生物を研究し、卒業後、大手老舗和洋菓子店で2 年間勤務。その後、2016 年に家業である『斗六屋』に入社。甘納豆づくりの伝統技術を承継しながら、自らの研究経験も生かし、幅広い世代に甘納豆の魅力を知ってもらうため精力的に活動。2020年4代目に就任。2022 年には新ブランドとして、古くて新しい種菓子専門店『SHUKA』を開店。

京都大学での研究を経て、家業の甘納豆屋へ。イメージアップや普及を模索

甘納豆処『斗六屋』は、近藤さんの曽祖母・近藤スエノさんが1926年(昭和元年)に祇園にて創業。戦後、お祖父さんが現在の場所(西院)で製造を再開し、その後は叔父さんがあとを継ぎ暖簾を守ってきました。家業について特に意識することなく育ち、恐竜が大好きだったという近藤少年はやがて「目に見えない生き物の不思議」を探究したいと京都大学大学院へ進み、微生物の研究を続けます。じつは、多感な中学生のときに同級生から「甘い納豆なんて」とからかわれて以来、親の仕事からも甘納豆からも距離を置いていたのだそうです。

就職活動時、転機が訪れます。「家業のことを何も知らずに社会に出るのはもったいない」という軽い気持ちで、毎年恒例の壬生寺節分会の出店を手伝うことに。製造卸の斗六屋が個人客に対面販売できるほぼ唯一の機会で、この3日間の接客により思わぬ発見がありました。「うちの甘納豆を楽しみにしてくださる常連さんがこんなに大勢いるんだと。そして今の生活や大学院までの学費もこの甘納豆に支えられていたんだ」。長男の自分が継がなければ店は残せない、甘納豆に恩返しがしたい...という強烈な感情が芽生えたのだといいます。

卒業後は滋賀に拠点を置く老舗菓子店で2年間働いて和・洋菓子のことを学び、2016年に家業に入ります。「年配の人が食べるもの」「甘すぎる」「古くさい」そんな甘納豆のイメージを変えたくて、若い人たちにも認知してもらうためマルシェに出店したり、大学院時代の研究経験を生かしてゆで時間や温度、糖度のデータ化と試作を繰り返し、仕上がりの改良に着手。一方で、「人の手を入れ過ぎず、素材の色や形を残す素朴さに、自然へのリスペクトがある」と、極めてシンプルなお菓子である甘納豆のポテンシャルに気付きはじめます。

Ph/近藤さん_京都大学院生時代研究室 (京都大学大学院時代)
微生物研究に没頭していた大学院生の近藤さん。学生時代は甘納豆には関心がないものの、甘いものが大好きな"甘党男子"だったそう。
Ph/近藤さん_近藤さん斗六屋時代製造 (『斗六屋』時代)
『斗六屋』に入社すると、先代から甘納豆づくりの技術を受け継ぐと同時に、研究者気質を発揮して原材料や製法を分析・数値化していく。
Ph/近藤さん_京都甘納豆斗六屋初期
入社してまだ間もない頃、当時の『斗六屋』の暖簾前にて。日々甘納豆と向き合ううちに、「製造卸だけでなく、自分たちの名を掲げて商売がしたい。お客様と直につながりたい」という気持ちが高まってきたそう。入社4年後の2020年、『斗六屋』4代目となる代表取締役に就任。
Ph/近藤さん_ _DSC1449_甘納豆_L
写真は大納言小豆の甘納豆。その奥には創業時の木版画の引き札(現在のショップカード)が。『斗六屋』の屋号は、白花豆を10粒並べるとほぼ6寸(約18㎝)になり斗六豆と呼ばれることに由来。

試行錯誤の末、古くて新しい"種のお菓子"の新ブランド『SHUKA』を立ち上げ

Ph/6種角皿:1403
『SHUKA』定番6種。左から順に食べるのがおすすめで、斗六豆、ピスタチオ、瑞穂大納言小豆、丹波黒豆、カシューナッツ、カカオ。また、春の苺、秋冬の丹波栗など、季節限定の味を心待ちにするファンも多いそう。

完全植物性の和菓子として海外で認められたら、日本でのイメージも変わるのでは...? そんな発想から2018年、イタリアで開催されたスローフードの世界大会に出品。残念ながら商品の評価は期待通りとはいきませんでしたが、その滞在時、街中で多数見かけたチョコレートとジェラートのお店から「世界で愛されているお菓子」のヒントを得て帰国します。「それから1年以上の開発期間を経てカカオ豆を使用した『加加阿(かかお)甘納豆』を発表して、一定の手応えを感じました。そしてさらに世界に通じるブランドにしたいという想いも強くなっていきました」。

そこで、工芸や食の再生支援・ブランディングも手掛ける中川政七商店にコンサルティングを依頼。打ち合わせを重ねるうちに、コンセプト"自然の恵みに手を添える"や、種と糖を表したブランドネーム『SHUKA(種菓)』へと筋道が通っていきます。

Ph/豆素材:1406
『SHUKA』は"種を感じる"お菓子。厳選した豆やカカオをすべて"種"ととらえて商品開発。それぞれの種が持つ本来の形や色だけでなく、食感も適度に残したアルデンテな噛み応えが特長。

熟考の末、甘納豆の製造卸業務は縮小し、2022年10月、斗六屋の隣に『SHUKA』をオープン。ラインナップは日本人になじみ深い豆3種に加え、各国で親しまれているカカオやナッツの全6種で、種と糖だけでつくるシンプルかつ洗練された世界観は、店舗設計やパッケージデザインにも反映されています。

Ph/店内階段前:1606
天窓からは柔らかな自然光が差し込み、土製の壁、床、天井が温かな雰囲気。土中の種が空に向かって芽を出すイメージで、「種の気持ちを体感できる空間に」をコンセプトに設計デザインされている。
Ph/店内カウンター:1365
店内には、素材や栄養素、味わいなどをわかりやすく説明したプレートとともに、種類ごとにディスプレイ。
Ph/2階:1697
ほっこりと落ち着ける2Fのイートインスペース。種や豆に関する書籍も置いているので、手に取ってみて。
Ph/ミックスナッツ:1417
『SHUKA Mix Okonomi』1,100円は、定番3種(瑞穂大納言小豆・ピスタチオ・カシューナッツ)が入ったお得なミックス。
Ph/斗六豆+カカオ:1409
『SHUKA斗六豆』900円(写真左)、『SHUKAカカオ』1,300円(同右)。袋タイプ(箱入りの倍量)もあり。
Ph/ ボックス&紙袋:1696
『SHUKA』のボックスは、ロゴとそれぞれの種のイメージカラーで構成。保存料を使わず常温で日持ちするため、贈り物やお土産にもぴったり。

甘納豆で培われた"砂糖漬け"という食品保存技術の上に、種ごとの個性が引き立つよう、ほどよく食感を残した独自製法でつくり出される『SHUKA』の商品。古い伝統の技術に、近藤さんの新しい発想を加えたこの商品は、店舗でもネット販売でも、好評を博します。

Ph/ 糖度計①:1609
煮て水分を含ませた素材をシロップ漬けに。シロップの糖度を上げ、素材を漬け込む工程を繰り返し、糖分を内部まで浸透させる。
Ph/ 糖度計②:1617
時間・温度・糖度の分析は、近藤さんの本領発揮! 糖度計を使って、甘さを数字でチェック。
Ph/ 製造シーン1642
食べやすさと保存性を高めるため、一晩置いて表面を乾燥。仕上げに振りかける和三盆の量は、気温や湿度によって微調整。仕込みから4~5日かけて1つの『SHUKA』が完成。写真は斗六豆。

そして、次に取り組んだのがジェラート開発です。石川県在住のジェラート世界チャンピオンのもとで技術や配合理論を教わり、種を用いた植物性の新しいジェラートが完成。2023年8月に販売を開始した『SHUKA gelato』も、たちまち大人気に。

Ph/ジェラート:2032
動物性原料不使用の『SHUKA gelato』は、砂糖漬け製造時の副産物である種のエキスがにじみ出たシロップを活用。『斗六豆バニラ』(写真左)は北海道産白花豆のやさしい味わいとホクホクした食感が楽しめる。シングル600円~、ダブル700円~。

次々と新機軸を打ち出す近藤さんに最初は戸惑い気味だった先代やお母さんも、今ではジェラートの美味しさや、甘納豆を作る際にできるシロップの再利用をとても喜んでくれているそう。「本場イタリアでのイベント出店にも再挑戦したい」と意欲満々の近藤さん。「甘納豆を次世代に残し、世界に広めるための種まきは、始まったばかりなんです」と笑顔を見せます。

Ph/ 店内近藤さん商品なし:1537
「『SHUKA』は日本茶のお茶請けとしてももちろん、紅茶やコーヒーとも相性が良いんです。また、ワインやウイスキーなどお酒とペアリングしたり、ヨーグルトやアイスクリームにトッピングするのもおすすめですよ」(近藤さん)

人も風景も温かく、便利で暮らしやすい、私のホームタウン【西院】

近藤さんにとって、西院はとても暮らしやすい街だといいます。「もともと京都市の南部で生まれたのですが、小学4年の時に『斗六屋』がある西院に移り住みました」。すぐさまこの街の暮らしになじみ、今では職住近接のホームタウンに。阪急電車で河原町にも大阪・梅田にも気軽にアクセスでき、バスの便も充実しています。「利便性が高いのと、人や情報が多すぎないところも好きですね。あまりに多いと疲れるし、少なすぎるとちょっと寂しい。ゆったりとした、ほどよい"余白"を感じられる居心地の良さが気に入っています」。

Ph/公園:1712
グラウンドのほかに藤棚や遊具が整備された『壬生児童公園』でひと休み。中学時代、「友だちと特に何をするわけでもなく過ごしていた」思い出の寄り道スポットなのだそう。
Ph/商店街:1823
『西新道錦会商店街』は阪急西院駅から徒歩約10分の、人情味が残る昔ながらの商店街。各種食料品店のほか、花屋さんや日替わり店主のユニークな喫茶&バーも。
Ph/壬生寺お参り:1952
991年(正暦2年)創建、厄除・開運の寺として地域住民の信仰を集める『壬生寺』。2月の節分会は約900年もの歴史があり、境内の壬生塚には新選組隊士の墓塔も。

『SHUKA』の店舗から南東へ少し歩いた場所にある『壬生寺』は、近藤さんの転機となった壬生寺節分会でもお世話になっている由緒ある寺院です。幕末に活躍した新選組ゆかりの寺としても知られ、「同じ名字の隊長(近藤勇)には勝手に親しみを覚えています(笑)」。参拝の行き帰りには、商店街や参道の和菓子屋さんでどら焼きやお饅頭を買って公園でひと休みするなど、気ままに街歩きを楽しんでいるそう。

Ph/白壁の坊城通:1974
壬生寺節分会で斗六屋が出店する坊城通は、風情ある白壁の通り。近藤さんは今も毎年店を出し、「3日間売り子をして、盛況に感謝しながら帰路につくのが年中行事です」。

忙しい日々、たまの休日はふらりと琵琶湖に出かけることもあるという近藤さん。「湖や鳥をぼーっと眺めているだけで癒やされます。水を見るとアイデアが湧くので、手帳やスマホにメモをして」。また、仕事を終え、ゆったりお風呂につかるのもリフレッシュ法のひとつ。店の近所には数軒の銭湯が営業しており、よくお気に入りの広い湯船でリラックスしているのだとか。精緻なデータ分析が得意かと思えば、軽やかなフットワークや実行力も持ち味。「思い描いている到達地点からすると、達成率はまだ5%くらいかな」と意気軒昂な近藤さん。次の一手が楽しみです。

【 私が暮らす街 <京都・西院> 】

この西院の街で、甘納豆の伝統を守り、"種"を進化させていきたい。

『SHUKA』は、西院で生まれたお菓子です。今後もこの街で、さまざまなチャレンジをしていきたいと思っています。でもそれはやはり、昔から西院で育ってきた『斗六屋』の土台があってこそ。従来の甘納豆の柔らかい食感を好む昔なじみのお客様のためにも、節分会の出店と毎月16日の甘納豆の販売は継続していきます。

私にとって"種"は大切なテーマです。豆をはじめ、種はすべて生き物。生き物が好き、生き物のことを知りたいという想いはずっと変わらず、それが自然へのリスペクトや、「甘納豆を残す」「種を愉しむ」ということにもつながっています。この地にしっかりと根をおろし、そして外へも芽を伸ばしていき、実を結ばせていきたいですね。

『SHUKA』店主 近藤健史


Ph/壬生寺にて:1911

●SHUKA 京都本店
営業時間/11:00〜17:30(2Fカフェは17:00 L.O.)
定休日/月曜
電話/075-841-8844
京都市中京区壬生西大竹町3-1
https://shuka-kyoto.jp

◇取材日/2024年4月15日(店舗の営業データ、料金などは、取材日時点の情報に基づいています)