〈特集〉 この街この人
近藤 健史(こんどうたけし)さん
京・甘納豆処『斗六屋(とうろくや)』4代目、『SHUKA』京都本店 店主
1990 年生まれ。京都大学大学院で微生物を研究し、卒業後、大手老舗和洋菓子店で2 年間勤務。その後、2016 年に家業である『斗六屋』に入社。甘納豆づくりの伝統技術を承継しながら、自らの研究経験も生かし、幅広い世代に甘納豆の魅力を知ってもらうため精力的に活動。2020年4代目に就任。2022 年には新ブランドとして、古くて新しい種菓子専門店『SHUKA』を開店。
京都大学での研究を経て、家業の甘納豆屋へ。イメージアップや普及を模索
甘納豆処『斗六屋』は、近藤さんの曽祖母・近藤スエノさんが1926年(昭和元年)に祇園にて創業。戦後、お祖父さんが現在の場所(西院)で製造を再開し、その後は叔父さんがあとを継ぎ暖簾を守ってきました。家業について特に意識することなく育ち、恐竜が大好きだったという近藤少年はやがて「目に見えない生き物の不思議」を探究したいと京都大学大学院へ進み、微生物の研究を続けます。じつは、多感な中学生のときに同級生から「甘い納豆なんて」とからかわれて以来、親の仕事からも甘納豆からも距離を置いていたのだそうです。
就職活動時、転機が訪れます。「家業のことを何も知らずに社会に出るのはもったいない」という軽い気持ちで、毎年恒例の壬生寺節分会の出店を手伝うことに。製造卸の斗六屋が個人客に対面販売できるほぼ唯一の機会で、この3日間の接客により思わぬ発見がありました。「うちの甘納豆を楽しみにしてくださる常連さんがこんなに大勢いるんだと。そして今の生活や大学院までの学費もこの甘納豆に支えられていたんだ」。長男の自分が継がなければ店は残せない、甘納豆に恩返しがしたい...という強烈な感情が芽生えたのだといいます。
卒業後は滋賀に拠点を置く老舗菓子店で2年間働いて和・洋菓子のことを学び、2016年に家業に入ります。「年配の人が食べるもの」「甘すぎる」「古くさい」そんな甘納豆のイメージを変えたくて、若い人たちにも認知してもらうためマルシェに出店したり、大学院時代の研究経験を生かしてゆで時間や温度、糖度のデータ化と試作を繰り返し、仕上がりの改良に着手。一方で、「人の手を入れ過ぎず、素材の色や形を残す素朴さに、自然へのリスペクトがある」と、極めてシンプルなお菓子である甘納豆のポテンシャルに気付きはじめます。




試行錯誤の末、古くて新しい"種のお菓子"の新ブランド『SHUKA』を立ち上げ

完全植物性の和菓子として海外で認められたら、日本でのイメージも変わるのでは...? そんな発想から2018年、イタリアで開催されたスローフードの世界大会に出品。残念ながら商品の評価は期待通りとはいきませんでしたが、その滞在時、街中で多数見かけたチョコレートとジェラートのお店から「世界で愛されているお菓子」のヒントを得て帰国します。「それから1年以上の開発期間を経てカカオ豆を使用した『加加阿(かかお)甘納豆』を発表して、一定の手応えを感じました。そしてさらに世界に通じるブランドにしたいという想いも強くなっていきました」。
そこで、工芸や食の再生支援・ブランディングも手掛ける中川政七商店にコンサルティングを依頼。打ち合わせを重ねるうちに、コンセプト"自然の恵みに手を添える"や、種と糖を表したブランドネーム『SHUKA(種菓)』へと筋道が通っていきます。

熟考の末、甘納豆の製造卸業務は縮小し、2022年10月、斗六屋の隣に『SHUKA』をオープン。ラインナップは日本人になじみ深い豆3種に加え、各国で親しまれているカカオやナッツの全6種で、種と糖だけでつくるシンプルかつ洗練された世界観は、店舗設計やパッケージデザインにも反映されています。






甘納豆で培われた"砂糖漬け"という食品保存技術の上に、種ごとの個性が引き立つよう、ほどよく食感を残した独自製法でつくり出される『SHUKA』の商品。古い伝統の技術に、近藤さんの新しい発想を加えたこの商品は、店舗でもネット販売でも、好評を博します。



そして、次に取り組んだのがジェラート開発です。石川県在住のジェラート世界チャンピオンのもとで技術や配合理論を教わり、種を用いた植物性の新しいジェラートが完成。2023年8月に販売を開始した『SHUKA gelato』も、たちまち大人気に。

次々と新機軸を打ち出す近藤さんに最初は戸惑い気味だった先代やお母さんも、今ではジェラートの美味しさや、甘納豆を作る際にできるシロップの再利用をとても喜んでくれているそう。「本場イタリアでのイベント出店にも再挑戦したい」と意欲満々の近藤さん。「甘納豆を次世代に残し、世界に広めるための種まきは、始まったばかりなんです」と笑顔を見せます。

人も風景も温かく、便利で暮らしやすい、私のホームタウン【西院】
近藤さんにとって、西院はとても暮らしやすい街だといいます。「もともと京都市の南部で生まれたのですが、小学4年の時に『斗六屋』がある西院に移り住みました」。すぐさまこの街の暮らしになじみ、今では職住近接のホームタウンに。阪急電車で河原町にも大阪・梅田にも気軽にアクセスでき、バスの便も充実しています。「利便性が高いのと、人や情報が多すぎないところも好きですね。あまりに多いと疲れるし、少なすぎるとちょっと寂しい。ゆったりとした、ほどよい"余白"を感じられる居心地の良さが気に入っています」。



『SHUKA』の店舗から南東へ少し歩いた場所にある『壬生寺』は、近藤さんの転機となった壬生寺節分会でもお世話になっている由緒ある寺院です。幕末に活躍した新選組ゆかりの寺としても知られ、「同じ名字の隊長(近藤勇)には勝手に親しみを覚えています(笑)」。参拝の行き帰りには、商店街や参道の和菓子屋さんでどら焼きやお饅頭を買って公園でひと休みするなど、気ままに街歩きを楽しんでいるそう。

忙しい日々、たまの休日はふらりと琵琶湖に出かけることもあるという近藤さん。「湖や鳥をぼーっと眺めているだけで癒やされます。水を見るとアイデアが湧くので、手帳やスマホにメモをして」。また、仕事を終え、ゆったりお風呂につかるのもリフレッシュ法のひとつ。店の近所には数軒の銭湯が営業しており、よくお気に入りの広い湯船でリラックスしているのだとか。精緻なデータ分析が得意かと思えば、軽やかなフットワークや実行力も持ち味。「思い描いている到達地点からすると、達成率はまだ5%くらいかな」と意気軒昂な近藤さん。次の一手が楽しみです。
【 私が暮らす街 <京都・西院> 】
この西院の街で、甘納豆の伝統を守り、"種"を進化させていきたい。
『SHUKA』は、西院で生まれたお菓子です。今後もこの街で、さまざまなチャレンジをしていきたいと思っています。でもそれはやはり、昔から西院で育ってきた『斗六屋』の土台があってこそ。従来の甘納豆の柔らかい食感を好む昔なじみのお客様のためにも、節分会の出店と毎月16日の甘納豆の販売は継続していきます。
私にとって"種"は大切なテーマです。豆をはじめ、種はすべて生き物。生き物が好き、生き物のことを知りたいという想いはずっと変わらず、それが自然へのリスペクトや、「甘納豆を残す」「種を愉しむ」ということにもつながっています。この地にしっかりと根をおろし、そして外へも芽を伸ばしていき、実を結ばせていきたいですね。
『SHUKA』店主 近藤健史

●SHUKA 京都本店
営業時間/11:00〜17:30(2Fカフェは17:00 L.O.)
定休日/月曜
電話/075-841-8844
京都市中京区壬生西大竹町3-1
https://shuka-kyoto.jp
◇取材日/2024年4月15日(店舗の営業データ、料金などは、取材日時点の情報に基づいています)